旧ソ連・ロシアで伝統的なロゴペディア構音障害改善訓練法
本連載その8で述べた、詩の暗唱や書物の朗読に加え、私が旧ソ連で受けた構音障害改善訓練の中には、発音訓練だけではなく、語彙や言い回しの種類を増やすための学習も含まれていた。それは単なる国語教育ではなかった。脳性まひに伴う運動性構音障害のある私が、実際の会話の中でより円滑に話せるようになるための、きわめて実践的な訓練であった。
語彙を増やす
発音しにくい単語に固執せず、意味の近い別の言葉を選べるようにする。
言い換える
長い表現や難しい言葉を、短く言いやすい表現へ置き換える。
会話を止めない
発音の困難があっても、自分の考えを途切れさせずに伝え続ける。
発音しにくい言葉を、言いやすい表現に置き換える
会話中、頭の中には言いたい内容が明確に浮かんでいるにもかかわらず、それを表現するための単語が発音しにくい場合がある。また、長く複雑な言い回しを用いようとすると、途中で息が続かなくなることもある。
そのような場面で言葉に詰まれば、会話の流れは途切れ、相手を待たせることになる。そうなると、自身が心理的に追い詰められて不随意運動が激しくなってしまう。そこで指導員たちは、意味の近い別の単語や表現を数多く覚えさせ、必要に応じて瞬時に置き換えられるよう訓練したのである。
- 発音しにくい単語を、より言いやすい同義語に置き換える
- 長い文章を、意味を保ったまま短い文に分ける
- 会話の流れを止めずに、伝え続ける力を育てる
たとえば、ある単語が発音しにくければ、より言いやすい同義語を選ぶ。長い文章が難しければ、意味を保ったまま短い文に分割する。そうした練習を繰り返すことで、会話中に発音上の困難に直面しても話を止めることなく伝え続けられるようになる。
この方法によって生まれる効果は単なる発音の改善ではない。会話全体の流れが滑らかになり、聞き手とのコミュニケーションが自然になるのである。
ロゴペディアにおけるコミュニケーション能力への視点
このようなアプローチは、私だけに行われた特別な訓練ではない。旧ソ連および現在のロシアの言語療法学、すなわちロゴペディアでは、発音器官の機能改善だけでなく、コミュニケーション能力全体の向上を重視する伝統が存在している。
とりわけ脳性まひに伴うディサースリアの指導では、発音訓練と並行して語彙の拡充や言い換え能力の育成が重要視されてきた。
ロシアの療育現場で見た、似た事例
以前、ネットで調べていたら、ロシアの療育現場で報告された事例の中に、私の経験とよく似た話があった。
ある脳性まひの少年は、学校での発表になると必ず「Электростанция(発電所)」という単語でつまずいていた。普段の練習では発音できても、人前に立つと緊張によって舌や口唇の動きが乱れ、途中で止まってしまうのである。
そこで担当の言語療法士は発音練習を続ける一方で、「電気を作るところ」「大きな施設」「工場のような場所」など、意味の近い複数の表現を教えた。
数か月後、少年は発表の最中に言葉が出なくなりそうになると、自ら別の表現へ切り替えられるようになった。結果として発表全体が途切れなくなり、聞き手も内容を十分理解できるようになったという。
私自身の経験
私はこの話を知ったとき、自分自身の経験を思い出した。
授業中、教師から突然質問される。答えは分かっている。しかし頭に最初に浮かんだ単語は、今の自分には発音が難しい言葉である。
そのまま言おうとすれば途中で止まるかもしれない。息が続かなくなるかもしれない。その場全体が私の次の言葉を待つ沈黙に包まれるかもしれない。
だが、6歳の時から訓練で繰り返し教えられてきた。
言えない言葉に固執する必要はない。
頭の中で意味の近い別の単語を探す。発音しにくい言葉を脇へ置き、より言いやすい表現を選ぶ。すると会話は止まらない。聞いている側は、その裏で小さな言い換えが行われたことにさえ気付かないのである。
長い文章を短く組み替える訓練
同様の考え方は文章表現にも応用された。
私は長い文章を一息で話そうとすると呼吸が続かず、途中で言葉を失うことが多かった。そこで療法士は、「今日は図書館へ行って本を借りました」という文を、「今日は図書館へ行った。本を借りた」と分けて表現する練習をさせた。また、「図書館で本を借りた」というさらに短い言い方も教えた。
やがて私は、会話中に息苦しさを感じると自ら文の構造を素早く組み替えられるようになった。発話は以前より短くなったが、内容は十分に伝わるようにもなったのである。
これは発音訓練ではなく、コミュニケーション戦略の訓練である
このような訓練は、単なる発音訓練ではない。コミュニケーション戦略の訓練である。西側諸国でも近年はAAC(補助代替コミュニケーション)やコミュニケーション・ストラテジー訓練の中で類似の考え方が用いられている。
しかし旧ソ連の特徴は、それを補助手段としてではなく、言語教育そのものの一部として体系的に実施していた点にある。
言葉を避けるのではなく、伝え続けるための力
つまり、私が受けた訓練の本質は、「発音しにくい言葉を避ける技術」ではない。発話器官に制約があっても、自分の考えを途切れさせることなく伝え続けるための言語運用能力を育てることにあったのである。
豊富な語彙と多様な言い回しは、単なる知識ではない。それは構音障害によって生じる困難を乗り越えるための実践的な道具であり、円滑なコミュニケーションを支える重要な手段だったのである。
因みにこの訓練法、私が通訳・翻訳業に就いた際に大いに役に立ったことも、ここに書き加えておく。
なお、本稿で述べた旧ソ連における訓練内容の具体例は筆者自身の体験に基づくものであり、参考文献はその理論的背景および当時のソ連・ロシア言語療法学の基本的枠組みを解説するものである。
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Волкова Л.С., Шаховская С.Н. (ред.)『Логопедия』
Волкова, Л. С., Шаховская, С. Н. (ред.)
Логопедия: Учебник для студентов дефектологических факультетов педагогических вузов.
Москва: ВЛАДОС, 1998. -
Левина Р.Е.『Основы теории и практики логопедии』
Левина, Р. Е. (ред.)
Основы теории и практики логопедии.
Москва: Просвещение, 1967. -
Бабина Г.В., Белякова Л.И., Идес Р.Е.『Логопедия. Дизартрия』
Бабина, Г. В., Белякова, Л. И., Идес, Р. Е.
Логопедия. Дизартрия.
Москва: МПГУ, 2016.

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