「伝える」をあきらめない②

コミュニケーション支援機器シリーズ 第2回 筆談は最強の支援機器
「伝える」をあきらめない②

「ご注文はお決まりですか?」

店員さんの問いかけに、口を開く。

「……コーヒーをお願いします」

聞き返される。もう一度伝えてみる。それでも、うまく伝わらない。少し気まずい空気が流れる。バッグから小さなメモ帳を取り出し、「ホットコーヒー」と書いて見せる。

「あ、ありがとうございます」

店員さんは笑顔でうなずき、注文はすぐに伝わりました。

たった数秒の出来事です。でも、「伝わった」という安心感は、その日一日を少しだけ軽くしてくれます。

構音障害のある方にとって、紙とペンは単なる文房具ではありません。

自分の思いを伝え、自分らしく生活するための、大切なコミュニケーション支援機器です。

支援機器というと、タブレットや専用機器を思い浮かべる方も多いかもしれません。

しかし、紙とペンは今もなお、多くの方にとって最も身近で、最も確実なコミュニケーション支援機器です。

今回は、そんな「紙とペン」の魅力と、少しの工夫でさらに使いやすくなるポイントをご紹介します。

「書く」は、誰もが理解できるコミュニケーション

筆談の一番の魅力は、特別な知識や機器がなくても、多くの人と意思疎通ができることです。

たとえば、次のような場面で役立ちます。

  • 病院の受付や診察
  • 飲食店での注文
  • 銀行や役所での手続き
  • 家族や友人との会話
  • 職場での確認や相談

このように、紙とペンがひとつあるだけで、初めて会う相手ともコミュニケーションを取ることができます。

スマートフォンが普及した現在でも、「紙に書いて伝える」ことが最も早く、確実な場面は少なくありません。

「伝える」ために、すべてを書かなくてもいい

筆談というと、「きちんと文章を書かなければならない」と思う方もいるかもしれません。

けれども、長い文章を書く必要はありません。

たとえば、

  • 水
  • トイレ
  • 薬
  • ゆっくりお願いします
  • もう一度お願いします

こうした短い言葉だけでも、多くの場面で十分に気持ちや状況を伝えることができます。

大切なのは、きれいな文章を書くことではありません。
何より大切なのは、「伝わること」です。

今日からできる、筆談の5つのコツ
1

キーワードで伝える

文章ではなく、短い言葉だけでも十分に伝わります。

例

× 薬を飲み忘れてしまいました。

○ 「薬」「飲み忘れ」

2

数字を活用する

数字は誤解が少なく、素早く伝えられます。

病院なら
  • 38.2℃
  • 朝から
  • 3日前
買い物なら
  • 2個
  • Mサイズ
3

○×を使う

「はい」「いいえ」が伝わるだけでも、会話は進みます。

例

痛い? → ○

熱は? → ×

4

よく使う言葉は準備しておく

財布やスマートフォンケースに小さなカードを入れておくと安心です。

  • 構音障害があります
  • 筆談をお願いします
  • ゆっくり話してください
  • 少し時間をください
5

書き終えたら相手を見る

書いている間は、どうしても下を向きがちです。

書き終えたあとに相手の顔を見る。それだけでも、お互いに安心して会話を続けやすくなります。

紙とペンにも、「できること」と「苦手なこと」がある

もちろん、紙とペンだけでは難しい場面もあります。

  • 手が震えて書きづらい
  • 麻痺があり、ペンを持ちにくい
  • 長時間書くと疲れる
  • 立ったままでは書きにくい
  • 急いでいる場面では時間がかかる

また、高次脳機能障害などにより、文字を書くこと自体が負担になる方もいます。

だからこそ、「紙とペンがあれば十分」と考えるのではなく、その方に合った方法を選ぶことが大切です。

あると便利なもの

小さなリングメモ

片手でも開きやすく、持ち歩きにも便利です。

太めのボールペン

握りやすく、力が入りやすくなります。

消せるペン

書き直しがしやすくなります。

電子メモパッド

繰り返し使うことができ、家庭や職場でも便利です。

スマートフォンのメモアプリ

紙がないときの心強い味方になります。

「待ってもらえる」ことも支援になる

筆談では、受け取る側にも大切な役割があります。

言葉が浮かぶまで待つこと。

最後まで書き終えるのを待つこと。

途中で決めつけないこと。

そして、

「ありがとうございます」

そのひとことが、「また伝えてみよう」という気持ちにつながります。

コミュニケーションは、一人で行うものではありません。

伝える人と、受け取る人。その両方で育てていくものなのです。

よくある質問

Q 漢字が思い出せません。

A ひらがなだけでも十分です。伝わることを優先しましょう。

Q 紙がありません。

A スマートフォンのメモアプリでも十分に代用できます。

Q 相手が急いでいるようです。

A まずはキーワードだけを書いて伝えてみましょう。

おわりに

紙とペンは、何百年も前から使われてきた、とてもシンプルなコミュニケーション支援機器です。

新しい技術が次々と生まれても、「書いて伝える」という方法は、これからもなくならないでしょう。

一枚の紙が、誰かとの会話をつなぎ、自分らしく生活する力になることがあります。

「伝えること」をあきらめない。

その第一歩は、意外なほど身近なところにあるのかもしれません。

Author
栗城 順 日本構音障害協会 副理事

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