「コーヒーを注文したかっただけなのに、何度も聞き返されてしまった。」
「病院で名前を呼ばれても、返事が伝わらなかった。」
「電話で話すことが苦手になってしまった。」
構音障害のある人なら、一度は経験したことがあるかもしれません。
こうした会話によるコミュニケーションを支えるために、これまでさまざまな道具(支援機器)が考案され、実用化されてきました。
支援機器というと特別な装置を思い浮かべるかもしれません。しかし、スマートフォンや紙とペンも、大切なコミュニケーション支援機器の一つです。
この連載では、実際の生活の中で役立つコミュニケーション支援機器を紹介していきます。第一回は、現在の支援機器がどのような背景から生まれ、どのように発展してきたのか、その歴史をたどりながらご紹介します。
古代〜16世紀
古代ギリシア・ローマ時代、哲学者アリストテレスは「耳が聞こえないものは言葉を発せず、知性ももたない」と述べました。この考えは、話すことや聞くことが困難な人々に対する偏見を長く生む一因になったといわれています。
そうした考え方に一石を投じたのが、16世紀のイタリアの医師、ジェラルモ・カルダーノでした。カルダーノは、「話すことができなくても、文字を読み、書くことができれば意思の疎通は可能である」と述べ、筆談によるコミュニケーションの可能性を示しました。この考えは、文字を用いたコミュニケーション支援の最も古い原点の一つとされています。そして何よりも、文字が話せない人に“声”を与えました。
日本でも古くから、筆と紙による筆談や手振り・身振りを用いた意思伝達が行われており、「話す」以外の方法で思いを伝える工夫は、世界各地で受け継がれてきました。
1920年代
1920年代には、現在のコミュニケーションボード(文字盤)の直接のルーツとなる「Fessendenのアルファベット・カード」が開発されました。
このカードは、重度の脳性麻痺の子どもたちのために考案されたもので、アルファベットや日常でよく使う単語が並べられていました。子どもたちは、手や口にくわえた棒で文字を指し示すことで、初めて自分の思いを自分で選び伝える手段を手に入れました。
「文字を書く」ことが難しい人でも、「文字を選ぶ」ことで自分の言葉を伝えられる。この発想は、現在のコミュニケーションボードやAAC(補助代替コミュニケーション)の原点にもつながっています。
1950年代
1950年代、欧米ではポリオ(急性灰白髄炎)が大流行しました。重症化すると人工呼吸器(鉄の肺)が必要となり、四肢をほとんど動かせない患者も少なくありませんでした。意識ははっきりしているにもかかわらず、自分の意思を伝えることが極めて困難な人たちが数多く存在したのです。
こうした状況の中で、「患者自身が自分の力で周囲とつながれる方法はないか」という発想から、イギリスで開発されたのがPOSSUM(Patient Operated Selector Mechanism)でした。
POSSUMは、患者がわずかに残された動きや、呼気・吸気(息を吹く・吸う動作)を利用してスイッチを操作し、文字を選んで意思を伝えたり、ナースコールや照明、テレビ、電話などを自ら操作したりできる画期的な装置であり、それは伝達の手段を奪われた患者が、再び自分で生き方を選択することでもありました。
「自分で伝える」「自分で生活を選ぶ」という考え方は、その後の視線入力装置やスイッチ入力によるAAC、さらには現在のスマートホーム機器へと受け継がれています。
そして、今
当時の技術は、決して便利なものではありませんでした。それでも、「話せなくても、自分で伝えたい」「自分で生活を選びたい」という願いが、新しい支援機器を生み出してきました。その思いは、現在のスマートフォンやAIを活用したコミュニケーション支援にも受け継がれています。
今では、紙とペン、コミュニケーションボード、スマートフォン、AACアプリ、音声読み上げ、視線入力、AIなど、多様な支援機器が利用できる時代になりました。しかし、どんなに優れた機器でも、「これさえあれば大丈夫」という万能な道具はありません。
大切なのは、その人の生活や困りごとに合った「伝える方法」を見つけることです。この連載では、それぞれの支援機器の特徴だけでなく、どのような場面で役立つのか、どんな工夫をすれば使いやすくなるのか、そして実際に使っている方々の声も交えながら紹介する予定です。


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